何となく肝臓がんの進行にブレーキがかかって来たような感覚を持ち始めていたある日、私は以前から気になっていた事を元看護師の妻に聞いてみた事がありました。
『前からちょっと気になっていたのだけれど、細くなった血管を広げる手術って良く聞くよね。同じように【胆管】を広げる手術って出来るのかなあ?もし胆管を広げる事が出来たら、胆汁も流れてこんなチューブなんて要らなくなるだろうと思って。』
『そうね!広げられると思うよ。でもお父さんの場合はどうなのかね。』
『もし可能なら広げて欲しいな。』
『エッ?!でも今のお父さんの病状だとまだちょっと難しいかも知れないよ。』
『もしこのチューブを外す事が出来たら、これから先の闘病生活、きっと精神的にも身体的にも楽になれると思うんだよな。それに孫達とももっと遊ぶことが出来るしな。』
妻はしばらく考えて言いました。
『そっか。正直まだ気は進まないけどいとど、病院で先生に相談してみたら?』
『そうするか!でもオレの主治医だった先生は、もう確か大学病院に戻ってしまったんだよな。どの先生に相談するのが良いのだろうね。』
『やっぱり、一番偉いと思う外科の先生に相談するのが良いのかな。』
『そうだよな。明日、早速病院に行って聞いてみるよ。』
翌日、私は病院へ行って先生の名札を見て調べました。
妻はこの病院で働いていたので、ある程度病院の内情が理解出来ていました。この時はそれがとても役に立ちました。
帰宅後、私は妻に話しをして、目ぼしい先生の外来診察日に合わせて病院へ行き、胆管を広げる手術が可能か否か、相談をしに行く事を決めました。
チューブに苛立つ事が良くありました。
この頃、私は体調が良くなって来ていた事もあり、入院前からずっと手付かずになっていた娘の車の修理をやってみました。
しかし、いくら体調が良くなってきたとはいえ、やはり肝臓がんの末期患者には体力的に無理があったようで、ちょっと作業をしてはすぐに疲れて休む、そんな状態でした。
そして何よりイヤだったのがわき腹のチューブです。
作業をすればするほど、わき腹のチューブと容器が邪魔で邪魔で、気持ちが苛立つことが多々あったことを良く覚えています。
そんな不便さも多く感じていたので、胆管を広げる手術を思いついたのだと思います。
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