しばらくすると妻が入院で必要なもの等を届けてくれました。やはり妻の顔を見るとホッとしました。

『お待たせ。身体の調子はどうなの?』

『ありがとう。だいぶ良くなって来ているようだよ。』

『そう!それは良かった。あの時、お父さんは脱水症状になって、ショック死を起こすところだったのよ。もう少し遅かったらどうなっていた事か。本当に心配したよ。』

あまりにも大変な状況、症状に妻も驚いたと思います。大変な思いをさせてしまい、私はとても申し訳なく思っていました。

健康食品の保管も

この時の【緊急入院】は、その後どうなるのか全く分からず、いつ退院出来るのかも分からなかったのでとりあえず、妻にお願いして健康食品を持って来てもらいました。

私の飲んでいた健康食品は《要冷蔵》です。

健康食品の保管方法もとりあえず一時的に保冷剤と一緒にクーラーボックスに入れ、ベッドの脇に置いておく事にしました。

主治医から【断食】の指示が出る

入院の準備をしていた時、主治医が私のところにやって来ました。

『笹野さん、大変でしたね。しばらく様子を見ましょう。しばらくは食事も我慢して下さい。』

『食べるな』と言われると、逆にどうしても食べたくなってしまうのが人の常、私はその話を聞いた途端、お腹が空いて空いて辛かったことを覚えています。

でも健康食品だけは飲む

食欲があるのに食べられないのは本当に辛い事です。

『なぁお母さん、オレにとって食べられないと言う事はとても大変な事なんだ。先生はその事を分かって理解してくれているのかな?!』

『そうよね、今が一番大事な時なんだから少しでも口から物を入れないとね。でも先生がそう断食指示を出している間は、とにかく健康食品だけでは飲むのを忘れないようにしないとね。』

私は妻が言う通り、自分の命と体を守るため、食事は出来なくても健康食品だけは欠かさず飲むようにしていました。

【断食】の辛い日々

毎日、夕方6時頃になると看護師さんがお茶かお湯を注ぎに回って来ました。

私はこれは注いでもらえました。

その後食事の時間、配膳カートにそれぞれの患者さんの名札がある配膳プレートを各々持って行って自分のベッドで食事をします。

歩けない人は看護師さんが運んでくれます。

私はしばらくの間、この配膳カートに『名札』がありませんでした。

【断食中】の私は食事の時間が終わるまで、1階の喫煙所でタバコを吸って時間を潰していました。

翌日の朝、昼、そして夜。 また翌日・・・。

そんな辛くて苦しい【断食生活】が何日間か続きました。

断食を支持され、辛い数日間を過ごす:肝臓がん末期闘病記


⇒次ページ 34:脱水症状の原因は?
闘病記年表に戻る