楽しい正月はあっという間に過ぎていき、私はまたいつもの入院生活が始まりました。

入院生活といっても、私は毎日毎日点滴を打ち続けているだけでした。

そんな私はある日、妻に聞いてみました。

『こんなに血管から点滴をして、血が薄くならないのかなぁ。』

『さぁ・・・。』妻は首を傾げて苦笑いしていました。

点滴の本数は1日、4本から3本、そして2本となっていきました。

胆汁の出る量によって主治医から看護師さんに指示が出されるのですが、1日2本の日が多くなると、主治医から退院の話しが出る目安になるのですが、なかなか2本で落ち着いてはくれませんでした。

ある日ベッドのまま患者さんが移されて来る

そんなある日のことでした。

私のいた病室へ、ベッドに寝かされたまま患者さんが移されて来ました。
その方は以前にも同じ病室になったことがある方でした。

この方の奥さんは、寝泊まりをしながら一日中、付き添いをしていました。

夕方近くになると家に戻り、夕飯の支度を済ませてから、また病院にやって来る。朝は朝で、私と同じ4時頃に起き、朝食を作るために迎えに来る息子さんの車を待っていました。

その奥さんは車の運転が出来ないらしく、バスを利用したり迎えに来てもらったりしながら毎日看病を続けていました。

これには私も感心しましたが、やはり家族の誰かが病気になって入院すると、その家族の生活は一変してしまいます。

私の家族も例外ではありませんが、本当に大変な事だと思います。

私は朝方、息子さんの車を待っていた奥さんと何度か話しをする機会がありました。

『ご主人の具合はどうですか。』

『先生から、この正月もつかどうかと言われていたけど、外泊許可をもらって新築の家で過ごせたから本当に良かったです。』

見た目には元気そうでしたが、病状はかなり悪いようでした。

その後すぐ、その方は個室に移され、間もなく名札も外されていました。

がん患者の死がまるで当たり前のように・・・

私はこんな情景を何度見てきたことでしょう。

がん患者の死がまるで、当たり前のことのように目の前で繰り返されて来ました。

上手く言えませんが、そんな時の私の気持ちは、私のように長い闘病生活を経験した人にしか分からないだろうと思います。

年明け早々の悲しい出来事でした。

がん患者にしかわからないことがある:肝臓がん末期闘病記


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