胆汁の症状が何とか落ち着いた退院の日の朝、私は朝食を済ませると早速退院の準備を始めました。

その日は、妻が仕事のため迎えに来れないので、私は前日に外泊許可をもらって一旦自宅へ帰り、自分の車を病院の駐車場に持ってきておいてました。

同室の患者さんに挨拶を済ませ、そのままナースステーションに向かい、看護師さん達にも挨拶をしました。

『もし何かあったら、またすぐに来てね。』

自慢出来る事でもありませんが、1年近くもお世話になっていると、世間話をしたり、家族の話しをしたりして、何だか家族のように思えてきます。

「私の家は一体、どこなのか?」と思うくらい、病院と看護師さんにはお世話になっていました。

挨拶を済ませると病院を出て車を走らせました。

走り慣れた、見慣れた風景の道ですが、病院へ向かうのと、病院から家に帰るのとでは、気持ちの高揚感が全く違います。

この日はとても新鮮な風景に見えました。

しばらくすると、先程まで病室の窓から見えていたみかぼ山(御荷鉾山)がキレイに見えていました。

「このまま真っ直ぐ家に帰っても誰もいない。」

そう思った私は、Uターンして家とは反対方向のみかぼ山(御荷鉾山)に向かう事にしました。

みかぼ山頂上へ

私は何故か急にみかぼ山(御荷鉾山)へ行きたくなりました。

身体が自然にみかぼ山(御荷鉾山)へ向かったと言うような感覚でした。

山頂に向かう途中、道も少しずつ狭くなっていきましたが、時期が時期だけにすれ違う車も殆どいませんでした。

この道は何度か通った事がありましたが、いつも必ず助手席に誰かがいました。

が、この時は一人を楽しみながら車を走らせていました。

思えば、「いつかきっとこの山に来よう」と病院の窓から眺めていたものでした。

病院からみかぼ山(御荷鉾山)を眺めていてどれだけ生きる勇気をもらったか計り知れません。

そんな事を考えながら山頂を芽出し更に車を走らせました。

景色の雄大さに迎え入れられる

そしてみかぼ山(御荷鉾山)山頂に到着。

駐車場に車を停め、外へ出ました。

外はまだ寒かったため、上着を着て駐車場から少し登ったところにある展望台に行ってみる事にしました。

展望台には望遠鏡が設置されてあり、いつでも自由に覗く事が出来ます。

私は早速、望遠鏡を覗き込み、下界を見下ろしました。

雪をかぶった浅間山から、東京方面まで見渡すことが出来ました。

御荷鉾山山頂:肝臓がん末期闘病記

こんなに遠くまで見えたのは私自身、初めての事でみかぼ山(御荷鉾山)の高さを実感しました。

あまりのギャップに戸惑う

ついさっきまで病院という限られた空間の中で生活をしていた私にとっては、みかぼ山(御荷鉾山)山頂はあまりにもかけ離れた場所のように感じました。

息苦しい病室から一気に広がった大自然のパノラマ。

口では言いあらわせない程のギャップの大きさに、私はただぼう然と立っているだけでした。

病室の窓越しに眺め、生きる勇気をもらっていたみかぼ山(御荷鉾山)山頂に今、自分が立っている。

その現実と大パノラマに戸惑いさえ感じていました。

それはとてつもなく雄大で、何故か優しく私を迎え入れてくれたような思いさえしました。


『ガンに負けない!』と思いを巡らす
私はもう少しで天空の遥か上に行くところでした。

その遥か天空の果には、父や兄がいます。

しかし今、私は生きてその中間に立ち、下界を見下ろしています。

このとてつもなく広い下界では、多くの人々が生活しています。その中にはもちろん、私の大切な家族も。

この瞬間にも、笑っている人、泣いている人、怒っている人、悩んでいる人、それぞれの人がそれぞれの人生を送っていると思います。

だけれど、私にはそれは見えません。

そしてまた、私が今まで入院していた病院でも多くの人々が毎日を送っています。

ここから見る人々の生活がわからないように、病院の中の暮らしもわかりません。

年齢や性別、お金持ちの人や貧しい人、それぞれに関係なく病気と闘い、その周りには患者さんを支える家族の姿があります。

肩書や学歴、夢や希望などに関係なく病は突然降りかかって来ます。

病はその人の幸福を壊し、夢を奪い、道を閉ざし、家族の和すら乱させます。

がん病棟にいると、尚更痛感させられる本当に無情な世界です。

生きる希望と大切な人を失った失望感、挫折感が入り混じった現実が、病院の中では日々繰り返されています。

私は絶望の淵から蘇ることの苦しさを身をもって経験しました。

その苦しさに耐えきれなくなった時、人はなにかにすがり、手を合わせ、祈る心境になります。

私も何度となく祈った事があります。

それは本当に、自分の無力さを感じた時、心がそうさせるのだろうと思います。

私は、自分の生きる希望を与えてくれたみかぼ山(御荷鉾山)の山頂に立ち、決意しました。

『私はがんに負けない!ガンを克服してもう一度、ここに立つ!』と。

そして、その日が来るまで力の限りガンと闘う事を心の中に決意しながら、家に帰ることにしました。


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