肝臓ガンの告知を受けた直後、隣りで私と一緒に話しを聞いていた妻が泣きながら先生に言いました。

『先生、主人が少しでもガンの疑いを持っているのが分かっているのなら何故もっと早く対応してくれなかったのですか?!
ガンの進行の速さは先生が一番良くお分かりですよね?!ガンは少しでも早い治療が大切なんですよね?!なのに何故・・・。主人は最初の検査からもう1ヶ月も経っているのですよ。』

私がガンを告知されたこの病院は、妻が外科の看護師として働いていた病院でした。

病院の内情もある程度は知っていたのでしょう、それだけに私へのあまりにも遅すぎる対応には怒りにも似た訴えでした。

『そうだよね。でも、もういいよ。』私は妻に言いました。

『私はあとどの位生きられますか?』

ガンの告知を受けてしまった私には、【癌=死】しか当時は頭にありませんでした。

私は先生に聞いてみました。

『先生、自分が肝臓ガンだという事は分かりました。私はあとどの位生きられますかね?余命半年くらいですか?』

『更に詳しく検査をしてみないと今の段階ではまだ何とも言えません。』先生は答えました。

私と妻はその部屋を出て、病室へ向かいました。

肝臓ガンの告知、恐れていた最悪の結果となってしまいました。

交わす言葉も無く、妻は何度もため息をついていました。

私の頭の中は【ガン=死】と言う事だけでした。

その後、妻を病院の玄関まで見送りに行った記憶はあるのですがそれ以外の事は今でも全く思い出す事が出来ません。

ガンの告知を受けた直後頭の中は真っ白でした:肝臓がん末期闘病記

『肝臓ガン』という告知、大きな衝撃を受けた、忘れられない日でした。


⇒次ページ 8:死の恐怖と闘いながら…
闘病記年表に戻る